プロローグ
ある日の午後、いつも優しくしてくれる隣のおばさんが、兄弟で分けるようにと、たくさんの菓子パンが入った袋を手渡してくれました。
あんパン、ジャムパン、メロンパン、、、
小学4年生の彼にとっては、なかなか魅力的な顔ぶれです。
パンの香ばしさと餡の甘さ、舌触りが思い浮かびます。
彼は無意識にツバを飲み込んでから、兄を呼び、こう言ったのです。
「僕はもう自分の分は食べたから、全部お兄ちゃんがもらっていいよ。」
嘘です。彼はまだ、一口も食べていなかったんです。
だから言った直後、不思議に思ったんです。
なんで僕は今、そんなことを言ったんだろう?
兄が大好きだったから?
逆に、恐れていたから?
パンが嫌いだった?
それとも、おなかを壊していた?
いいえ、そのどれでもありません。
それなのに、彼は自分から嘘をつき、自分の取り分を手放していました。
自分で言ったことなのに、なぜそんなことを言ったのかわからない。
それが、とても不思議でした。
彼にとっては、パンを食べ損ねたことではなく、その時に感じた不思議さの方が、大きな衝撃だったようです。
なぜなら、その不思議さこそが、彼にとって初めての
「自分という謎」
との出会いだったからです。
はじめまして。
こばちゃんこと、桑田直樹です。65歳、バツイチの”おひとり様”です。
僕は今、自分自身を題材にした自由研究に熱中しています。
その始まりは、小学4年生のあの日。
食べたいはずなのに譲ってしまった、あの菓子パン事件でした。
もちろん、あの日からずっと研究を続けてきたわけではありません。
彼はその後、学生になり、社会人になり、結婚し、子育てを経験しました。
けれど振り返ってみると、あの日胸の内に生まれた小さな揺らぎが、今の自由研究へ続く道へ彼を向かわせたのだと思うのです。
それはまた同時に、以降つづく、「人生の観察者」が目覚めた瞬間でもありました。
その揺らぎとは、好奇心です。
それも、外の世界に対する好奇心ではなく、自分自身に対する好奇心。
自然科学者が、「なぜリンゴは落ちるんだろう?」と不思議に思ったように、
彼は、
「なぜ僕はこんなことをしたんだろう?」
と不思議に思ったのでした。
もちろん、小学生だった彼にそんな自覚はありません。
でも65歳になった今なら言えます。
あの日の彼は、自分という不思議な研究対象と出会っていたのだと。
さて、
あなたには、こんな経験はないでしょうか。
やりたいはずなのに、なぜか動けない。
頭ではわかっているのに、同じことを繰り返してしまう。
後から振り返ると、「なんであんなことをしたんだろう?」と、自分でも首をかしげる。
もしそんな経験があるなら、この報告は、自分でも説明できない自分との向き合い方を考える材料になるかもしれません。
これは成功法則の話でもなければ、人生を一発で変える方法の話でもありません。
自分でも説明できない自分と、どう付き合っていくか。
そのために65歳の僕が自分を題材に行ってきた、”おとなの自由研究”の中間報告です。
あの日、彼が何よりも不思議に思ったのは、他でもない彼自身でした。
そして後になって気づくことになります。
あの日生まれた小さな「なぜ?」が、半世紀以上の時を経て再び、研究テーマとして立ち上がってきたことに。
では何が、彼にこの研究を始めさせたのか?
事の起こりは、還暦を過ぎた彼が出会ったある広告でした。
第1章 研究の始まり
自分という謎に気付いた少年はやがて成長し、結婚し、家族を養うようになりました。
そして、子どもたちが社会に巣立ったあと、彼は身軽になりました。
守るべきものは我が身ひとつ。
誰に気兼ねすることもなく、人生のリソースを自由に使える。
そんな生活を数年楽しんでいました。
人生から「もう、好きにしていいよ」とお許しを受けたように感じていました。
ところが、その自由を楽しむ一方で、別の現実も影を落とし始めていました。
体力は確実に落ちていく。
蓄えも確実に減っていく。
子どもたちを育て上げるまでは気にならなかった将来の不安が、少しずつ頭をもたげ始めたのです。
そんな頃、一つの広告が目に飛び込んできました。
好きな時、好きなように働いて、感謝され、お金も手に入れられる。
そんな方法を学びませんか?
これだ。
そう思いました。
彼はその講座に飛び込みました。
二年間、熱心に学びました。
教材を読み、ワークに取り組み、練習を重ねました。
そして認許状を手にしました。
他の受講生と比べても、努力に関しては決して引けを取らない、という自負とともに。
これで「時間と、お金と、感謝を思いのままに得られる、充実した暮らしが手に入る」。
彼の心は躍りました。
だが、そうはならなかった。
最後の最後で、どうしても踏み出せない一歩があったのです。
それは、
「僕はあなたの役に立てます。」
と、人に伝えることでした。
理屈では、役立てるはずだ、とわかっています。
学んだ知識もある。
身に付けたスキルもある。
これまでだって、会社員として働いてきたし、個人事業主として家族を養ってきた。
誰かに喜ばれた経験だって数えきれない。
それなのに、あの一言だけが言えない。
言おうとすると、喉が詰まり、舌が絡まる。
頭が熱くなり、用意した言葉が飛び散っていく。
まるで、何者かに、
「それだけは言うな」
と呪いをかけられたかのようでした。
最初は、売り込む経験やスキルが足りないのだ、と彼は考えました。
でも、どうも違う。
マーケティングの講座を受講し学んだ。
知識もスキルも身につけた。
それなのに変わらない。
だとしたら問題は、今持っている知識やスキルの不足ではないのかもしれない。
自分を動かしていた、もっと別の何かに原因があるのかもしれない。
そう考えた時、彼の関心はおのずと自分の内側へ向かいました。
どうすれば売上が上がるのか。
どうすれば集客できるのか。
そんな知識やスキルより先に、
なぜ自分は動けないのか?
その方が気になったのです。
スマホやパソコンにたとえるなら、どんなデータやアプリがあるのか?ではなく、それらを動作させるOSはどうなっているのか?と。
そして彼は、人生をさかのぼり始めました。
というのも、二年間の講座で、こんな見方を学んでいたからです。
人は、自分でも気づかないうちに信じ込んでいる前提(思い込み)を持っている。
その前提の多くは、幼い頃、とくに親や兄弟との関係の中でつくられる。
そして、感情が大きく揺さぶられた出来事は、その手がかりになりやすい。
また、そうした記憶を感情に飲み込まれず観察するスキルも身に付けていました。
その知識とスキルを使いながら、彼は人生を振り返っていきました。
それは、忘れておきたかった子ども時代の出来事を、掘り起こす作業でした。
第2章 フィールドワーク(素材収集)
思い出した出来事を書き出し、自分史として整理する——2026年7月現在、その記録は72件、53,109文字に昇り、今後も増えていくはずです。
ちなみに、この作業には、AIが非常に役立ちました。
そして、書き出したエピソードの中から、特に重要だと判断された出来事が、次の三つです。
素材① 説教事件
小学2年生の頃です。
ある日、彼は担任ではない男性教師に個室へ呼ばれました。
応接室のような部屋で、一対一だった記憶があります。
そこで説教を受けたことは覚えています。
しかし何を言われたのか、その内容がまったく思い出せません。
体罰のようなことはなかったと思います。
それでも内容だけがごっそり抜け落ちている。
このことから、当時の彼にとってこの経験は、相当強い心理的衝撃だったんだと推定されました。
当時の担任は、学校を出たての若い女性教師でした。
一方、彼はかなり落ち着きのない子どもでした。
そんな彼に担任は困り、先輩の男性教師に相談したのかもしれません。
今なら、彼の行動は、しつけや本人の努力不足だけではなく、ADHDなどの発達特性から来ている可能性も含めて受け止められたかもしれません。
けれど当時、少なくとも彼の周囲では、そうした見方は一般的ではなく、「本人を強く指導して正すべき問題」として扱われた可能性があります。
真相はわかりません。
ただ、この出来事以降、
自分は悪い子なのだ。
このままではいけない。
もっと良くならなければならない。
という感覚が、彼の中で強くなったことだけは確かです。
素材② 布団事件
小学2〜3年生の頃です。
夕食の時に母親が愚痴をこぼしました。
自分ばかり家事をして、誰も手伝ってくれない。
その言葉を聞いた彼は、
よし、僕の布団くらいは自分で敷いて、母を喜ばせてあげよう。
と思いました。
お風呂を済ませ、二階へ上がり、自分の布団を押し入れから引っ張り出し、敷きました。
母が喜ぶ顔を想像しながら、布団の中、上機嫌で待っていました。
ところが、母は部屋を見るなり、それまで見たことのない形相と大声で
バカ!
と怒鳴ったのです。
彼の心は驚きと悲しみでいっぱいになり、言い返しもせず、ただ黙って泣くことしかできませんでした。
実は、自分の布団を引っ張り出した時、上に畳んで積まれていた両親の布団を、押し入れの前に山積みのままにしていたのです。
母親はその有様をみて、ただ単に彼がふざけたのだと考えたのでしょう。
今でこそ、母親のその心情も彼なりに理解できます。
でも、まだ幼かった彼に、そんな事情が理解できるわけもありません。
ただただ、その衝撃は大きく、今もまだ強く彼の中に残っています。
この出来事は
善意であっても拒絶されることがある
という学習として残ってしまったようです。
そして、
頑張っても報われないかもしれない
自分の行動は的外れかもしれない
という自己不信にもつながったように見えたのです。
素材③ 作文事件
少したって、小学3〜4年生の頃です。
彼は作文で、
「僕は何でもできるのに」
というテーマで書きました。
おそらく、当時、なにかと世話を焼き、口をだす母の干渉をわずらわしく感じていたのでしょう。
素直な本音でした。
ところが後日、母親に何かを頼んだ時、母親は不機嫌そうに言ったのでした。
”僕”は何でもできるんやろ。
その瞬間、自分の言葉が、自分を傷つける形で返ってきたことを彼は悟りました。
後で考えると、数日前に授業参観でその作文を読んだことが関係していたのでしょう。
ともかく、結果として彼が学んだのは、
本音や本心を表すと痛い目に遭うことがある
ということでした。
仮説
三つの出来事に共通しているものがあります。
それは、
そのままの自分を差し出したことが引き起こした「好ましくない状況」だった。
ということです。
説教事件 → ありのままの自分でいては咎められる
布団事件 → 善意で動いても傷つくことがある
作文事件 → 本音が自分を傷つける結果をもたらすことがある

彼は、そんな考え方を学習したのではないだろうか?
これが、この時点での仮説でした。
もしこの仮説が正しいなら、同じパターンがどこかで再現されているはずです。
そして案の定、その視点で精査すると、これぞ、という事例がその後の人生で見つかったのです。
第3章 40年後の再現
それは、結婚後10年以上たった夫婦関係の中にありました。
素材④ 黙って背を向けた夜
40代後半の頃です。
彼は些細なことで、配偶者と対立しました。
互いに自分の考えを通そうとして、主張は平行線をたどりました。
そして彼の妻は、結婚前に彼が言った言葉を持ち出します。
「あなたのために最大限努力します」
そして、こう言いました。
これなら文句言えないでしょう。
彼は、胸のうちに痛みを感じながら妻の主張を受け入れました。
——念のためにお断りしておきます。
この場面は、あくまでも彼の目から見た状況です。つまり、彼の主観によるバイアスがかかっています。
彼女の目には全く別の状況として映っていたに違いありません。
ここで彼女を一方的に悪者扱いする意図はありません。
ただ、研究対象である「彼」の内面をできるだけ正確に記述しようとしているだけです。——
彼が傷ついたのは、自分の意見が通らなかったからではありません。
なぜ彼女にとって、その主張がそれほどまでに大切なのか、その説明がなかったことでした。
彼が知りたかったのは理屈ではありません。
気持ちでした。
でも伝わってきたのは、思いではなく、いかに自分の主張を通すか、という計算でした。
温かい心の交流ではなく、冷たいディベートの応酬。
あの会話が、彼にはそう感じられたのです。
その日から、彼は変わりました。
同じ部屋に布団を並べて寝ていましたが、妻に背を向けて眠るようになったのです。
傷ついたとは言いませんでした。
なぜ傷ついたのかも説明しませんでした。
本当は仲良くしたいとも言いませんでした。
ただ、黙って背を向けた。
——ここまで読んでくれた皆さんなら、こう思われたでしょう。
「なら、彼のほうが、心を開いて、自分の考えや気持ち、彼女の反応に傷ついたことを伝えれば良かったんじゃないか?」
その通り。
僕もそう思います。今ならば。
残念なことに、当時の彼は、人との関わり方において未熟だったのです。
でも、ここでは、そういったジャッジは一旦保留しておき、もう少し、”研究対象の観察”を続けたいと思います。——
さて、このような彼のふるまいは一度きりの出来事ではありませんでした。
わかってほしいと思いながら、肝心なことは言わない。
傷ついても、傷ついたとは伝えない。
伝わらないと、さらに黙る。
隠すほど、配偶者には彼の気持ちが見えなくなります。
見えないから食い違う。
食い違うから、また黙る。
二人の距離は少しずつ広がっていきました。
そして数年後、彼らは離婚しました。
ここで、第2章で集めた素材と照らし合わせてみます。
説教事件では、
「自分は悪い子なんだ」
という判断軸を学びました。
その結果、他者や社会とぶつかると、まず自分の在り方を疑う癖が残りました。
布団事件では、
「善意で動いても拒絶されることがある」
という具体例を学びました。
その結果、伝えようと働きかけるのではなく、引きさがるようになりました。
作文事件では、
「本音は隠した方が安全かもしれない」
という実証例を学びました。
その結果、傷ついても、その気持ちを表現しなくなりました。
そして配偶者との関係の中での彼も、驚くほどよく似た反応をしていました。
布団を敷いて「バカ!」と言われたあの夜。
配偶者とのあの夜。
出来事はまったく違います。
それでも彼は、どちらの場面でも自分の気持ちを伝えませんでした。
第2章で立てた仮説は、見当違いではなかったようです。
子ども時代に身につけた反応パターンは、40年以上後の人生にも残っていました。
彼は、
ぶつかったら引く。
傷ついたら黙る。
本音は隠す。
そんな反応を、無意識のうちに繰り返していたのです。
見えてきたもの
ここで、第1章の場面に戻ります。
「僕はあなたの役に立てます。」
この一言が言えなかった理由も、少し見えてきました。
この言葉を発するには、次の覚悟が必要です。
自分という存在を差し出す。
自分の善意を差し出す。
自分の本音を差し出す。
彼にとってそれは、単なるビジネス活動ではありませんでした。
子どもの頃に痛みと結び付いてしまった、「安心・安全を脅かす行為」だったのです。
知識やスキルが足りなかったのではありません。
奥底に巣くっている反応が、また彼の中で生きていたのです。
菓子パンを譲った小学4年生の彼。
配偶者に背を向けた40代後半の彼。
「役に立てます」が言えなかった62歳の彼。
一見、年代も原因もかけ離れた、全く別々の出来事のようでした。
しかし、研究者として彼を眺めてみると、そこには共通する反応パターンが見えてきたのでした。

ここに至って、それまでとは次元の違う問いが、僕の前に立ち上がってきました。
で、どうする?
原因らしきものもパターンも見えてきた。
では、それを手にどこに向かおうとするのか?
ここからは、「僕」がその問いに向き合うことになります。
第4章 実践する研究者へ
この自由研究を本格的に始めたきっかけは、役に立てると言えないことへの疑問でした。
いや、苛立ち、と言ってもいい。
求めているのは、役に立てると言えるようになること、です。
では、そのためにはどうすればいい?
導き出した答えは、試してみる、でした。
観察して終わり、ではなく、観察から得た学びをもとに、何かしら行動を試してみよう。
そう考えるようになったのです。
いたって当たり前に見えるこの考えは、しかし、僕にとっては大転換と言えるものでした。
それまでは、
試して失敗することもある。でも、失敗の痛みを感じるくらいなら、いっそ何もしないでおいた方がいい。
という思考パターンだったのは、見てきたとおりです。
それを変えることができたのは、そういう思考パターンの自分に気づいたからでもありますが、それとは別に二つの要素が必要でした。
一つは、新しい行動を支える世界観。
もう一つは、安心して実践できる環境。
新しい世界観、新しい環境
ここで、少し時間を戻します。
第1章で取り上げた講座受講をきっかけに、彼はそれまでとは違う世界観に接するようになりました。そして、人生をより豊かに、より幸せに向かわせると判断したものを、意識的に取り入れるようになっていきました。
その一つが、
すべては益に導かれている。
という考え方です。
その教えが腑に落ちてからは、さらにその考えを深めて、
たとえ、思いどおりの結果が得られなかったとしても、その経験を次に活かすことができる。
自分だけでなく、自分の行動に関係した人たちにとっても、それは同じかもしれない。
と考えるようになっていました。
失敗を「痛みだけを残し、終わるもの」ではなく、「次に活かせる材料」として捉えられるようになったのです。
それでも、この時点では、まだ実際に試してみることはできませんでした。
やはり、動くには勇気が必要だったのです。
自分には仲間が必要だ
と感じ始めたのは、この頃でした。
彼が求めていたのは、互いに敬意を持ちながら、安心して弱さを見せることもできる。苦しみ悩みながらも成長することを選べる。そんな仲間たちでした。
そんな時、学びの場で知り合った人から紹介されたのが、あるコミュニティーでした。
そこは、自分だけでなく、周囲の人々も自由にできる「進化型の自由人」を増やす、という理念のもとに集まったコミュニティーでした。
彼はそこで、彼が望むような未来をすでに生きている人たちと出会い、多くの影響を受け取りました。
そして、
望む未来をすでに生きている人たちと、時間や行動を共にすることが、自分をその未来へ近づける。
という考え方を取り入れました。
小さく違う行動を試す
では、具体的にどんな行動をするのか?
決めたのは、一つだけです。
同じ反応が出てきそうになったら、たとえ小さくても、いつもとは違う行動を一つ試す。
黙ってしまう場面で、少しだけ言葉にしてみる。
引いてしまう場面で、あと一歩だけ働きかけてみる。
この方針で最初に取り組んだのは、1日1回・30日間の実践を実況する「じぶん創造30日実況」でした。
動けた日も、動けなかった日も記録する。
単発の記録と合わせると、公開したノートは40本ほどになりました。
石垣島実験
2026年7月、彼はそのコミュニティーが主催する石垣島でのワーケーションに参加しました。
コミュニティーで受け取った考え方を、自分自身で試したら何が起きるのか。
それを確かめるためでした。
ワーケーションでは、互いの交流を深めるための懇親会が用意されていました。
その懇親会で彼は、自分から、話したい人たちのいる席へ入っていきました。
以前の彼なら、話したいと思っても遠慮していたでしょう。
でも、その日は彼自身がその席を選び、自分のことを積極的に話しました。
そして彼は、その場で自分への評価を受け取り、こう思いました。
僕は、もう少し高く自分を評価してもいいのかもしれない。
黙って引くのではなく、自分から関係の中へ入ってみる。
その行動を選んだからこそ、受け取れたものがありました。
同じ旅で、高級リゾートホテルのナイトプールで、彼らとの優雅な時間を過ごしました。
これは、望む未来を手にした人の行動をトレースすることで、その未来にいる自分を意識することが目的でした。
ところが、その時間は思っていたほど心を動かしませんでした。
自分にとっては、誰もいない砂浜で、沈んでいく夕日を眺めている方が心動くのかもしれない。
そう思えたのも、彼らの行動をなぞって実際に体験したからでした。
試してみたからこそ、自分が本当に望むものがよりはっきり見えてきたのです。
実践し、研究する
違う行動を試す。
起きたことを記録する。
そこから、次の行動を選び直す。
実践と研究は、次のように一つの循環になりました。
仮説 → 実験 → 観察 → 記録 → 仮説の更新
この循環を回すうえで、AIがとても役に立ちました。
壁打ちの相手になり、散らばった記憶を並べ、パターンを照合してくれる。
一人では続かなかった作業が、スムーズに回るようになりました。
また、この記事では、意図的に「彼」と「僕」とで主語を使い分けてきました。
研究対象としての「彼」。
それを観察し、記録し、分析する「僕」。
仮説を立てる僕と、その仮説を人生の中で試す彼。
二つの立場を行き来する、一人の人間です。
観察と分析だけで終わらず、自分の人生で試し、その結果からまた学ぶ。
僕は、実践者兼研究者として歩き始めました。

コミュニティーで出会った仲間は、彼に新しい環境をもたらし、行動する力を与えてくれました。
石垣島での実験、AIとの対話、自由研究。
こうした経験を通して、以前から求めていた「仲間」の輪郭が、少しずつ変化してきました。
僕が出会いたいのは、自ら謎に向き合い、答えに迫ろうとする「研究仲間」です。
終章 ここまで読んでくださった、あなたに。
長い報告に、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
この自由研究は、まだ終わっていません。
「僕はあなたの役に立てます。」
この一言は、今もまだ、すんなりとは言えません。
古い反応は、今日も出てきます。
ただ、変わったこともあります。
反応が出てきた時に、以前ほど苦しくなくなりました。
ああ、また出たな。
そう思って、少し離れたところから眺められる。
そして、それまでとは違う行動を一つ試すことができる。
生きることは、ずいぶん楽になりました。
この記事も、実験です
自分を売り込めない男が、自分自身を人に伝えようとしている。
しかも、65年生きてきた中で、恥ずかしさトップクラスの記憶まで持ち出して。
なかなか思い切った実験だと、自分でも思います。
この自己紹介を差し出すことも、
「僕はあなたの役に立てます。」
という一言に近づくための実験です。
実は、この自己紹介を書き始めた時と、今の僕は、少し違います。
過去の出来事を並べ、何度も書き直すうちに、新しく気づいたことがありました。
自分を説明するために書き始めたのに、書くことで僕自身の見方も変わってきたのです。
その意味でも、これは完成した研究報告ではありません。
2026年夏現在の、中間報告です。
この記事を差し出した先で、何が起きるのかはまだわかりません。
ここからが、この実験の続きです。
あなたにも、謎はありませんか
やりたいのに、動けない。
わかっているのに、同じことを繰り返してしまう。
そして、そんな自分を責めてしまう。
もし心当たりがあるなら、それは本来のあなたではないのかもしれません。
いつの間にか染みついた反応が、今も働いているだけかもしれない。
もしそんなものがあるなら、見つけ出したいと思いませんか?
もちろん、見つけたからといって、すぐ消えるわけではありません。
それでも、
これは自分そのものではない。
と気づくことはできます。
気づけば、これまでとは違う行動を試すこともできます。
かつて僕は、「自分には仲間が必要だ。」と口にしたことで、あるコミュニティーにつながりました。
今度は僕が、この自由研究を入口に、呼びかけてみようと思います。
自分の人生で小さく試し、その結果を観察し、発見を持ち寄る。
そんな自由研究を、あなたも始めませんか?
僕が出会いたいのは、僕の答えをただ待つだけの生徒ではなく、自ら謎に向き合い、答えに迫ろうとする「研究仲間」です。
もし、自分のことをもう少し理解し、これまでとは違う行動を小さく試してみたいなら、一緒にやりませんか?
僕は指導者ではありません。
答えを持っている人でもありません。
僕にできるのは、実際に試したことと、その結果を伝えること。
そして、あなたが試して見つけたことを受け取り、僕に見えることを短く返すことです。
うまくいった話も、いかなかった話も含めて。
僕の研究対象は、僕自身。
あなたの研究対象は、あなた自身です。
同じ答えにたどり着く必要はありません。
あなたへの贈り物
すぐにでもやってみたい、というあなたのために、一人で始められるツールを用意しました。
これは、僕自身が研究に使っている謎解きのフレームワークです。

使い方
うまく答えようとしなくて大丈夫です。
「こう答えるべき」という正解を探すより、今の自分に見えていることを、そのまま書いてみてください。
事実は、確認できる範囲で。
感情は、きれいに説明できなくても。
仮説は、「今はこうかもしれない」と仮置きするだけで十分です。
わからない問いは空欄で構いません。あとで思い出したり、見方が変わったりしたら、書き直せばいい。
これは自分を正しく診断するためではなく、次に何を小さく試してみるかを見つけるための小さなツールです。
一人で進められそうなら、そのまま自由研究を続けてみてください。
でももし、あなたの回答について、別の観察者の目がほしいと思ったら、下からLINE登録し、6つの問いへの答えを送ってください。
僕の目から見た、あなたの反応に関する仮説と、次に試せそうな小さな実験を、簡単な個別観察メモとしてお返しします。
原則24時間以内に返信します。24時間以内が難しい場合は、個別に返信予定をお伝えします。
ただし、これは治療や診断を提供するものではありません。原因を断定することもしません。
なお、僕が不適切と判断した場合には、観察メモをお返しできないことがあります。
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僕の「2周目人生の自由研究」は、まだ始まったばかりです。
答えが出るのはいつになるか、わかりません。
出ないまま終わるのかもしれません。
出たと思ったら、また別の謎が現れることもあるでしょう。
それでもいいと思っています。
どうやら僕は、謎を解いている時間そのものが好きらしいので(笑)。
それぞれの人生にある謎と、それぞれの場所で向き合う。
そんな謎解きを楽しめるような人と、出会えたらこの上ない喜びです。
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